2008年9月15日
岡崎城 その1
岡崎城
徳川家康生誕の場所と伝えられている別名:竜城・竜ケ城と呼ばれるお城で
国道一号線を走っていると、有料駐車場と大手門が見える見つけやすいお城でもあります。
このBLOG「シャチのツボ」は東海地方のショップオーナー達が集まり、
名古屋はじめ愛知・岐阜・三重について書いています♪♪
今日の順位は?
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岡崎城公園の駐車場入り口 ここには大手門と有料駐車場があります

岡崎城の有料駐車場にクルマをとめて 中に入っていくと 時計があり その時計台が
からくり時計というのでしょうか? 決まった時間になると フタがあいて 中から人形が出てきて
動いていました。
なんというか、ちょっとお城公園にあっても微妙なものでした(^^)
また この公園内にある三河武士のやかた家康館はかなり立派な展示内容でした♪♪
公園内看板より引用
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岡崎市指定文化財
史跡 岡崎城跡
享徳元年(1452年)または 康正元年(1455年)、明大時に居館を構えていた西郷禅正左衛門頼嗣(青海入道)が菅生川の北岸に砦となる城を築いたのが岡崎城の始まりである。
その後、安祥城主から岡崎城主となった松平清康は享禄四年(1531年)にこの地を本拠として、本格的な岡崎城を構えた。
天文十一年(1542年)十二月二十六日に城内で徳川家康が誕生しており。城内にはえな塚、産湯の井戸が残る。
天正十八年(1590年)に豊臣秀吉の武将であった田中吉政が入城。城郭を拡張して東海道を城下にひきいれ、城の東・北・西に惣構えの掘をめぐらし、謹製の岡崎城と城下町の基礎つくりを行った。
江戸時代は石高五万石の譜代大名(前本多家四代-水野家七代-松平家一代-後本多家六代)の居城となりその間たびたび修復が行われた。
明治維新後、天守閣以下の建物は明治六年(1873年)に取り壊され、本丸・二の丸など主要部分は明治八年に岡崎公園となった。
現在の天守閣は昭和三十四年の再建である。
昭和六十二年七月十五日指定 岡崎教育委員会
ここまで========================================================
東海地方は城下町として栄えたところが多く、また お城(復元も含めて)多いので 歴史好きな方には
とっても楽しめる場所ですね。
岡崎城も掘や復元天守など、見所満載ですので、是非 足を運んでみてほしい場所のひとつです♪♪
この記事は、三重県鈴鹿市でTHULEやTERZOなどカーキャリアの販売をしている谷川屋:店長:谷川まさひろが書きました
また

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